つくりかた

ツバメコーヒーのつくりかた

なぜツバメコーヒーをはじめたんですか?
美容師になれないままに(母から引き継いだ)美容室のオーナーをやっていました。当然美容師としての売上もなく、かといってマネジメント能力があるわけでもなく、ほんとうに役立たずだったので、どうにかして何か役に立ちたいと思っていました。ヘアサロンに来てくれるお客さんも喜んでくれて、来ていないお客さんも喜んでくれる(さらにヘアサロンに来るきっかけにもなる)ことってなんだろう?と思ってコーヒーにたどりつきました。
なぜコーヒーだったんですか?
だいぶ前から施術中に何でもいいからドリンクを出せばいい、というのはいやだったので、せめて自分がおいしいと思えるものをお出ししたくて、徳島にあるアアルトコーヒーからコーヒー豆を取り寄せて1杯ずつ挽いてからコーヒーを淹れてました。ある日コーヒー豆を注文するときのメールに「焙煎ってぼくでもできるものですか?」と聞いたところ、アアルトコーヒーの庄野さんが「できるよ!」と言ったので(それを真に受けて)すぐに徳島に行って彼に相談したり、焙煎機を見せてもらったりしました。「ちょっといい国産車を買ってすぐに全損したと思えばいいんだよ」という庄野さんの助言が強くぼくを後押ししました。そして(何かにすがるように)その場でコーヒー屋になることを決意しました。
コーヒーを仕事にするくらい好きだったのですか?
2000年に京都のスターバックスでアルバイトをしはじめてからコーヒーが少しずつ好きになっていきました。最初はカフェラテ(砂糖入り)とかフラペチーノを喜びいさんで飲んでいましたが、やがて甘いドリンクに飽きてドリップコーヒーに辿り着きました。それからカフェに行くとコーヒーをオーダーするようになり、コーヒー豆を買って自分で淹れるようになるのにそれほど時間はかかりませんでした。しかしながら自分で焙煎したい、と思ったことはこれまでに一度もありません。
2012年の11月からツバメコーヒーをはじめたとのことですが、その頃考えていたことはどんなことですか?
2012年の5月にとりあえず焙煎機を買いまして(もちろん未経験)コーヒー豆を焙煎しはじめるわけですが(焙煎機の使い方はわかっても、おいしいコーヒー豆を焙煎する方法なんてまったくわからないわけですが)そんなコーヒー豆が売れるわけはないので、カフェオレベース(牛乳と割ってカフェオレを簡単につくれる濃縮コーヒーシロップ)をつくって(コーヒー豆をできるだけ無駄にすることなく、焙煎の経験をつめるので)それを自分で売り歩いていました。
貯金もないのでお金を借りて、焙煎機が250万、改装費と厨房機器をすべて合わせて600万くらいかけてヘアサロンの軒先にコーヒースタンドをつくりました。およそ6畳のなかに焙煎機とシンクとコールドテーブルをぎゅぎゅっと詰め込んだテイクアウトドリンクとコーヒー豆を売るお店です。最初からはりきってオリジナルの紙カップを大量につくって、公園とかおうちとか好きな場所にドリンクを持っていけばどこでもお気に入りのカフェになる、というコンセプトでした。かっこいい紙コップを持っている人を通じてツバメコーヒーを知ってもらえたらいいな、と思っていました。(お客さんがコーヒーを持ち歩く風景が広告になったらうれしいな、というふうに)当時から単純な広告をするのではなく、やっている行為そのものが広告的に機能する、という相乗効果を狙っていました。とはいうものの田んぼの前にコーヒースタンドなんかつくって人が来るわけはありません。お客さんは来ないし、美容室のスタッフからは「好きなことばっかりやりやがってさー!」と思われているのではないか、と不安な日々が続きました。
デザインを上越市出身のイラストレーター・大塚いちおさんがやっていますが、お知り合いだったんですか?
いえいえ、まったく知り合いではありませんでした。『ぎおんごぎたいごじしょ』という本の佇まいが好きで、そのゆるやかなイラストを大塚さんが描かれていたことと、新潟出身だったということで、彼のウェブサイト(の問い合わせ)から「燕市でコーヒー屋をはじめるんでロゴをつくってもらえませんか?」とメールしました。コーヒーっておとなの飲み物だからかかっこいいデザインが多いような気がしていて、田んぼの目の前にあるコーヒーショップなので、かっこつけすぎることなく、もっとゆるやかなイメージのロゴがいいな、と思っていて、そんな要望も添えつつ依頼したら、実績もないちっぽけなコーヒー屋のためにデザインを引き受けてくださることとなったわけです。
オープンから今に至るまでの流れはどんなかんじでしたか?
(コーヒーそのものにそこまで自信が持てないこともあって)コーヒー屋のくせにやたらとグッズをつくっていきました。ドリップバッグ、コーヒー缶、てぬぐい、ブックカバー、バッジなどなど。田舎のコーヒー屋にわざわざ足を運ぶための理由をすこしでもつくりたい、ということがありました。それらのグッズを他のお店に卸したりすると、売上になるだけではなく、その売り場を通じてツバメコーヒーを知ってもらうきっかけになる、ということもありがたいことでした。もちろんお店にいてもお客さんが来ないので、三条マルシェとかにぎわいのあるイベントへの出店もできるだけやっていました。当時としては、売上は日頃の何倍もあるし、ツバメコーヒーを知ってもらえるし、準備と後片付けにかけるすさまじい時間と作業を差し引いてもそれはとても有意義なものでした。2014年の夏、およそ70坪あったヘアサロンの一部のスペースを改装し、生活雑貨を扱うショップスペースとお座りいただけるカフェスペースをつくりました。カフェに行く理由はおいしいコーヒーを飲みたいということもさることながら、ゆったりしたスペースでくつろぎたい、ということも間違いなくあると思います。客数×客単価×回転率という方程式をできるだけ無視した空間にしたいと思ったので、席数は最低限にし、原価率ではなく、自分だったらそこまで高いと思わないな、という値頃感のほうを優先しました。そしてお店にまつわるあらゆることについて、客観性をよそおった「みんなが好きだと思うから」という理由ではなく「自分が好きだから」という主観性を大事にしていきました。自分を押し出すとわがままとか自分勝手であると思われて、みんなのことを考えると思いやりがあってやさしいというのはどうなのだろうと思ってもいました。
コーヒー以外の仕事もしているようですが・・・
2016年3月に三条市にオープンしたまちなか交流広場の「ステージえんがわ」とそのなかにある「三条スパイス研究所」というレストランで使われるプロダクト(椅子やテーブルやカトラリーや皿などの備品)を選ぶ仕事をさせてもらいました。インテリアコーディネーターでもバイヤーでもないのに、こういうお声がけをいただけることがとてもうれしかったですし、そこに集うクリエーターの人たちと過ごす時間はとてもたのしいもので(失礼ながらまるで)遊ぶかのように関わらせていただきました。ぼくはミニマリストに憧れつつよくわかんない買い物ばかりしてしまうささやかな浪費家なのですが、今まで無駄遣いしつづけてきた経験をすこしは活かすことができた気がしています。備品なんて店主がすきなものを限られた予算のなかで買っておわり、というのが一般的ななかで、コンセプトを共有しつつストーリーを構築し、近隣のおじちゃんおばちゃんにもそれなりに受け入れられつつ、遠方からもわざわざ行ってみたくなる空間を目指しました。キーワードは「トゥーマッチ」*と「ドレスダウン」*そして「ポジティブエイジング」*。ツバメコーヒーとかわらない気分でプロダクトを選んでいます。

*①トゥーマッチとドレスダウンが気分ミニマリストがもてはやされる昨今ではありますが、過剰さとか雑然とものがあふれている風景はエネルギッシュでなんだかたのしいものです。目指すは「森」みたいな売り場。ドンキホーテの圧縮陳列にあこがれつつ、木の下にはきのこがあり、木の上には果実があり、視界の至る所になにかがあり、まるで森を散策するようにお買い物ができたらいいな、と思っています。そういう感覚をある種の過剰さをおもしろがるという意味で「トゥーマッチ」と呼んでみます。一方「ドレスダウン」は機能(使い勝手)こそすべて、とか、見た目(フォルム)の優雅さこそすべて、という価値観からすこし降りています。たとえば自信のない人は権威や格式にすがります。20世紀に多くの女性がブランドもののバッグを持っていたように。21世紀は高級品ばっかりを所有することはダサくなりました。これで十分という潔さやあえてダサいものを織り込むハズしこそかっこよさになります。

*②時間にしかつくりだせないものに敬意をもつあたらしいものを買ってすぐに飽きてしまうことを望まないし、買ったときが最高でそのあとは古びていくだけというものはさみしい。(ものを売り続けるってことはあたらしいものを出して、古いものを陳腐化させて、あたらしいものを買いたいと思わせることとセットだったりするのだろうけれど)買ったあとで味わいが増していくものがいい。近くに作り手がいて、修理修繕できるものであるといい。大事につかうことで、愛着がまして、新しい時よりも好きになれるようなものがいい。お店もそうだし、自分自身もそうありたいと思う。(「劣化」ではなく「熟成」として)時間経過をポジティブにとらえていきたい。

これからについて思うことがあれば教えてください。
やりたいことは3つあります。

①この町に住む人たちに燕市が好きな理由を聞いたときに「ツバメコーヒーがあること」が5番目以内に入ること
自分の生まれた(住んでいる)町を好きだと言える人をとてもうらやましく思いました。つまんないとか嘆く前に自分ができることを、好きになる可能性が高まることを、とりえあずやろうと思いました。すぐに実現できることじゃないので、地道に一歩ずつ近づけたらいいな、と思っています。

②自分の職業に誇りが持てる美容師を生み出し、燕三条エリアに魅力的な人を増やすための拠点になること
何もできないくせにヘアサロンオーナーでいることがいやではじめたコーヒーショップなので、やはり美容師が職業に誇りを持ち、一生の仕事にできることを目指しています。それは在籍する美容師に続けたくなる労働環境(お金、休日、教育)を用意し、これからの将来を考える学生にそれを伝えることで、美容師になりたい人たちを増やしていきたい、ということでもあります。就職希望の美容学校生の多くが東京に出たり、新潟市中央区を希望したりするなかで、燕三条エリアにも行きたいと思える受け皿をつくりたいと思っていますし、美容師のなり手が少ないとしたら、燕三条エリアの新卒志望者が100%入りたいサロンになるとともに、うちの会社に入りたい人を増やすことによって、その選択肢である「美容師」を選ぶ学生を増やすことはできないだろうか、と思っています。提示する労働条件によって(男性なら躊躇なく結婚できる給料とか、女性なら妊娠出産しても働き続けられる体制とか)独立せざるを得なかったり、仕事をやめざるを得ないような状況をいち早く変えていきたいのです。

③燕三条エリアに、カフェ、パン屋、本屋、花屋、ヘアサロン、歯医者(などなど)が集積した複合施設をつくること
地方都市に住むぼくらは楽しく生きていくためにそれなりのお金を得る必要はあるけれど、決して大金持ちになるために働いているわけではないと思う。
ずっとたくさんのお金を儲けつづけることを考えるよりは、自分が住む町に楽しめて、愛着が持てて、日々通いたくなる場所があることのほうがよっぽど豊かになれる気がするがどうだろうか?
そんな町にはきっとすてきなカフェ、パン屋、本屋、花屋なんかがあるように思う。
ただこういうお店はお金がとても儲かりやすいとはけっして言えない。だとしても、売れるから、ではなく、こういうものがあってほしい、あるべきだ、という願いを持った店主がそこにはいる。そして町全体はどうにもならないとしても、自分のお店だけでも少しでも自分にとって理想的な場所にしたい、と思いながら良質な日常を提供してくれている。こんなお店の連なりがいい町を、住みたいと思われる町をつくるわけだけれど、ぼくはその連なりによってこういうお店が成立しやすくできないものか、ということを考えたい。
その方法としては①(マイナス)×(マイナス)=プラスという数式にある希望②レバレッジとシナジーを考慮する、の二つを基本としながら、お客さんの利便性を高めつつ、不満になりうる種を早めに摘みつつ(逆に)それを満足に結びつけようというものだ。
まず広告費は使わずに話題になる仕組みを構築することでパブリシティを、お店の連携を高めることでSNSによる発信の質と量を最大化する。
万が一待ち時間が生まれたら、同一施設内にお買い物をしにいくことで時間の有効活用をしてもらいながら、他店への来店を促し売上につなげていく。
かつての商店街のように行政が主導しバランスのよいカテゴリーのお店を配置するのではなく、お店同士が提案するサービスの感度を共有することでお客さんは安心して他店を利用することができる
お客さんがほしいものの半歩先を提案することで、仮に価値のすべてを理解できなくても「応援する」ということで価値を補充し、継続的な来店につなげ、このお店があり続ける未来であってほしいという願いを持つ人たちをつくりだすことがまたお店を強くしていく理想的な町にするのはとてもむずかしい。理想的な国にするのはもっとむずかしいだろう。まずできることは理想的なお店をつくること。この「理想」を共有したお店が集まってお店を越えたショッピングプレイスを構成し「理想」の領域を広げていく。この範囲が町という領域に近づいていけばいくほど、町はその理想に近づくし、ぼくらはさらに自分が住む町が好きになる。草の根的に住む町を好きになる方法はこんなプロセスなのではないか、と思っている。
イメージしてみてほしい。カフェには本屋から本が届き、花屋から花が届き、パン屋からはパンが届き、ぼくらが過ごしたい場所になる。そのどこかに共感したお客さんはそれぞれのお店に足を運び、お気に入りのものを買い、家に持ち帰る。カフェはその中心的なショールームとして、理想的な過ごし方という商品を展示し、その展示への共感が購入につながる、という仕組みをつくる。カフェは単体ではけっして儲かるものではない。ただしみんなとうまく手をつなぐことができる町にとって不可欠な場所になるだろう。そうやってそれぞれのお店が支え合うことで、かけるはずだった広告費はすべてお客さんの満足がより高まるために使うことができる。共感したら自然と紹介してくれる人もいるだろう。こういう共感のシナジーが生まれることが田舎でもぼくらが住む町に誇りを持って生きていくための方法だと思っている。
ヘアサロンや歯医者をなぜ「カフェ、パン屋、本屋、花屋」のなかに入れたかと言えば、相対的にあたらしいお客さんを獲得するためにそれなりのお金をつかっていて、その費用を出す余地がまだあると考えるから。
単純に均等にではなく、恩恵が多いところが相応の負担をしていくことで、全体の最適化をはかる必要があるように思う。カフェのような低単価低回転率にむしろ価値があるものをメディアとして共有しながら、高客単価高広告費のお店がそれを下支えするという形で。
もちろん現実はこんなにうまくはいかないだろう。すべては理想論の列挙でしかない、ということもできるし、流れのひとつひとつに対して問題点を指摘することも容易なことかもしれない。ただその道しるべさえまったくなきままに、自分が住みたい町の理想を語ることよりはましではないか、と思っている。田舎で人口も少ないし、良質なものに適切なお金を支払ってくれる人の割合がけっして多いとは言えない、というまさに(マイナス)×(マイナス)=プラスという算数におけるルールをここに適用できると信じたい。さらに、ただなきことを憂うのではななく、ないを反転させるようなレバレッジ的思考によって、未来に光を照らしていければ、と思っている。

【いくつかの思考法サンプル】
非合理を突き抜けると合理性に辿り着く(対の構造ではなく、円として循環するイメージ)
目に見えないもの、数えられないものをイメージし、それらを進化させていくための仮説を立てて実証していく。
仕事と余暇と学びの一体化(シームレス化)
労働における投入時間に対して報酬がどのくらい多いかが仕事のパフォーマンスの大きさを測ることができるという方程式は、労働によってどのくらい肉体的および精神的なストレス(負荷)がかかっているのか(その解消にかかる時間と費用も含めて)が加味されていない。
労働時間を減らすよりも、労働している感覚を減らし、ストレスを減らし、楽しさを増やすほうが(たとえ労働時間がさらに増えるとしても)よほど日々の幸福感が増えるような気がしている。
レバレッジ【(マイナス)×(マイナス)=プラス】とシナジー【1+1=3↗】という数式にある希望
【ツバメコーヒー的「小商い」ルール】
①マーケティングしない
大手チェーンが幹線道路沿いにお店を出すときに商圏内の人口や世帯数、年齢構成は必要なのだろうけれど、零細企業がそんなこと考えたってなんの優位性もつくれない気がしている。だからまずは(領域の絞り込みよりも発信の強度を優先して)自分の好きをひたすらに突き詰めていくしかないと思いました。つまり、大手企業がマーケッティングを駆使するなら、零細企業はマーケティングを徹底的に無視する必要がある、ということです。お店の外部環境の分析をするマーケッターの意見に耳を傾けるよりもむしろ、店主の関心そのものがどう構成されどのくらいの深みを持っているかを分析してくれるキュレーターの意見を聞くべきです。つまり外部への接続は徹底して店主の内部(深層)を通じてなされるべきです。
にわかマーケティング知識で、自分は好きじゃないけど、みんなが好きそうなものをお店にセレクトしていくことは避けたいところです。なぜならそれはとても無責任なことでけっして誠実とは言えないからです。こんなことやったってどうせお客さんはわからないという前提は捨てて(お客さんをバカにしたり、コントロールできるものだと思うことなく)お客さんはわかってくれると徹底して信じ切ることからはじめたいと思いました。最後に自分がやるお店が提案していくことが受け入れられることで、自分の住む町がよくなっていって好きになっていく、という好循環を目指したいです。日本中から好きな町を選んで住む自由をぼくらは持っています。ただ生まれた町に住む続けると決めたときに、自分の仕事がうまくいくことと、自分の住む町を好きになることがきちんとつながったらいいな、と思っています。ビジネスとしてこのエリアで儲かるのかという原理で出店する大手チェーンにはない視点こそ、住む続ける意思を持った人間だけの感覚であり価値観です。

②原価率からものを考えない。
ぼくのようなスキルのない人間はいいものを(高くても)使って、きちんと原価をかけておいしいものをつくらなければならない。(客単価)×(席数)×(回転率)=売上という方程式からはじめることはやめよう。
できないことは(できると言い張ることなく)できる人に任せる。これまた原価率は上がるけど、スキルが不足している人がお客さんにはわからないだろうという推測のもとなんでもつくってしまうのはあまりよくないと思う。もちろんお客さんにとってもいいことではないわけで、それは長期的な合理性にはなりえない。
コーヒー豆の種類を絞り込むことで、ロスをできるだけ少なくする。もちろんバリーションがある=専門性が高い=おいしいというロジックをあてはめるお客さんもいると思うけど、スキルのないぼくのようなロースターは高い豆を買って、できるだけ新鮮なうちに売ることしかできない。そしてコーヒー豆は焙煎後1週間しか販売しない。そうすることでしか買うに足るものにすることができない。

③ひとりでやる
スタッフの給料を払うために売れないといけないと思うと、売れるもの(ばかり)置いてしまうかもしれない。自分は弱い人間なのでそれをとても怖いことだと思っている。同時に自分が倒れたら、いなくなったらお店ができないというリスクはヘッジすることなく、引き受けようと思う。その脆弱さが魅力の源泉なのではないか、というひねくれた仮説を持っている。あと経営者として現場から離れることだけが進化だとは思わないようになった。ぼくはじじいになってもずっとお店でコーヒーを淹れつづけようかな、と思っている。

ツバメコーヒー
〒959-0264新潟県燕市吉田2760-1
TEL.0256-77-8781

[営業時間] 11:00-18:00
[定休日] 月曜・火曜

現在地からルート検索

メール問合せ