みえかた

木村衣有子さん

木村衣有子(きむらゆうこ)
文筆家。
1975年、栃木生まれ。18歳からの8年間、京都に暮らし『恵文社一乗寺店』『喫茶ソワレ』で働きながらミニコミを刊行。2002年より東京在住。のんべえによるのんべえのためのミニコミ『のんべえ春秋』編集発行人。

コーヒーとクラフトとプロ野球を愛す。

http://mitake75.petit.cc/

田中辰幸さんとは、SNSなどでぽつりぽつりとやりとりをしている。
 あるとき、田中さんからのメッセージの中に「ぼくは実直で誠実でまっとうなお店にあこがれながら上っ面のお店としてなんとか食べているコーヒー屋なのですから。」という一文があった。
 ぎくりとした。
 それはなにかしら、自分自身の仕事上、目をつぶっているところの蓋を開けられたような気分で。
 同時に、どきりともした。田中さんは、なんて誠実な人なんだろうと思った。それは彼自身が考える「誠実さ」とはまた別なのかもしれないが、そんな解釈はとりあえず脇に置いておきたい。

 さて、果たして、上っ面とはなんだろう、と、考えてみたい。国語辞典を引くと「本質を離れた外面的なもの」とある。衣服のように着脱可能で、いざとなったら捨てていけるものなのか。

 『ツバメコーヒー』を訪れる以前に、すでに味は知っていた。2013年2月、新潟『北書店』の店主である佐藤雄一さんから、お土産としてここの豆を手渡されたのだった。そもそも、佐藤さんとはそのときはじめて顔を合わせたのだった。帰宅して、早速淹れる。深煎りで、好みの味だった。昔の京都で、こういうコーヒーを飲んだような気がする。あるいは、そういうイメージを想起させる味なのかもしれない。
 2014年の秋、燕市は吉田にあるお店を訪れた。
 壁一面を覆う大きな本棚がある。そこには骨太な読み物も数多あった。コーヒーに関する本や、お客さんがぱらぱらと眺めることを想定したであろう柔らかい本などばかりの、喫茶室にありがちなラインアップとは一線を画していた。たしかに、佐藤さんは、ツバメはいつもうちで本を買ってくれる、と言っていたなあ、なるほどな、と納得する。
 本棚の中央には縦長のガラス板が嵌め込まれていて、そこから向こう側が見える。美容室のようだった。
 紙コップになみなみ注がれたコーヒーを飲む。
 隣の席では、私よりやや年は下かなと思える人たちがのんびりと過ごしていた。
 『ツバメコーヒー』は2012年11月のオープンからしばらくは、六畳のコーヒースタンドとして営業しており、テーブルと椅子を用意して喫茶室の体を成したのはこの年の夏だったというのは、後から知ったことだ。第一印象を反芻してみると、初々しさ、というものはさほど感じずに、穏やかな喫茶店だなあという感想を持ったのだったと思い出す。
 そのときは田中さんとそれほど突っ込んだ話はしなかった。
 帰り際、サンルーム(※廊下?)の床に紙が落ちているのを見つけた。ただの紙ではなく、文庫本の1ページだと気付き、拾ってみる。数行辿ると、コーヒーノンフィクション『コーヒーに憑かれた男たち』だと分かる。しかも『もか』の章。私もこの文庫を持っているから分かる。
 カウンターの中でコーヒーを淹れていた店主にそのページをひらっと届けて、この人も「憑かれた男」なのだろうか、と思いながら店をあとにした。

 2015年初夏、燕を再訪したとき、本棚の話になると、田中さんは「僕が好きな本ばっかりなんで“僕勝負”なんです」と言った。本棚だけでなくとも「僕」=田中さんの趣味嗜好が「あらゆるところに、滲み出る」。それがこの店の軸なのだと。
 店作りの考えかたについて、田中さんは自身をピッチャーに例えて、こう言った。
 「常に僕は全速力で、暗闇の奥に、そこにキャッチャーがいるんじゃないかと思って投げ続ける。慎重に、どこにキャッチャーがいるか探し続けてたって、一生そんなの見えないと思ってるし、見えるときには他にもっとすごい球速の奴らが投げ込んでいるはずだから。僕は、見えなくともそこに投げ込みたい」
 闇雲に、しかし力強く投げ込まれるボール。本にとどまらず、喫茶室の隣の部屋に並ぶクラフトのひとつひとつがその軌道上にある。また、私がはじめてこの店を訪ねたときに感じられた穏やかさも、その球数に支えられているのだ。

 さて、実際田中さんは、上っ面ではないコーヒー店、とは一体どんな存在だととらえているのだろう。
 「コーヒーだけやってます、みたいな。頑固親父がコーヒー豆焼いてて、コーヒー以外のメニューなんかない。深みのある、ある程度時間を経たものを尊重していて。そういう風に、もっと寡黙に、没頭してやれよ、っていう、職人的美学を追究する声はやっぱり感じる。僕は、コーヒーというのは、メインの売り物というよりは、ほんとにひとつの部品なんだなって思っていて。今は、ちょっと、まあ“話題の店”って感じなんで、そういう風が吹いているから辿り着いた方々が来て下さっていることはね、今の局面としてはとても有難いんですけど。皆さん、コーヒーを求めている感もあるけれど、場を求めているとすごく感じます」
 このとき、コーヒーについて語りながら、田中さんが「間借りしている」という表現を使っていたことをおぼえている。コーヒーという存在を、がっちりつかまえている確信は持てずにいて、その世界の片隅に居候させてもらっているようだ、ということか。
 「焙煎のベテランで、すごく突き詰めてやりこんでらっしゃる方たちがいて、それと同じ土俵に乗るにはちょっと申し訳ないですよね」とも田中さんは言う。
 では、そもそも、コーヒーという土俵を選んだのはなぜだろう。
 「コーヒーねえ……なんでしょうねえ」
 と、田中さんは口ごもる。他の事柄に対するのと同じようには、ぽんと言葉が出てこないと。
 「絶対これじゃなくちゃ駄目です、と熱く語れば、多分、話としては美しいんですよ」
 田中さんは、焙煎機に豆を投入して、温度を何度まで上げて、時間を計って、ここで煎り止め、という日々の焙煎作業をノートに記録しているそうだ。けれど、煎り止めのポイントを「なぜ10秒前じゃなくて、10秒後でもなくて、そこがいいのか」、確信できないという。「煎り止めまでを完璧にやっているという実感がないんです」と、弱気なことを言いもする。
 「確信を持っているふりをするのはすごく嫌なんです。でも、確信をちゃんと自分なりに持つってことはすごく大事だと……確信を持ちたいですね」

 『ツバメコーヒー』の飲み手である私には、彼がコーヒーに対してここまで及び腰である理由が、正直よく分からない。ただ、決して謙遜しているわけではないとも思えるからそこがまた不思議でもある。

 淹れる、という行程についてはどうなんだろう。田中さんは主に「KONO(コーノ)」の円錐形でひとつ孔のドリッパーを使っている。
 「コーノ=業務用=プロっぽいから、みたいなね。そういう上っ面な、ミーハーなところが入口です。プラスチックの厚みとか、かたちが垢抜けない感じが好きですけどね、僕。“名門”とか書いてある、あのへん、どこまで意識的にあのフォントで攻めてるのかとか。プラスチックなのに人間味があるというか、ノスタルジック」
 ただ、どうしてもコーノでなければ、とは考えていない。
「コーノである理由はあんまりないとか言うとね、すごく素人っぽい感じになって、たぶん来る人が不安になるから黙ってるんですけど。特に淹れかたにこだわりは、ない。時間と豆の量との兼ね合いだから、ドリッパーはなんでもいい。ある種の方程式のようなもので、このドリッパー、と決めれば、それにふさわしい淹れかたが生まれる」
 「ドリッパーはなんでもいい」という言葉を皮切りに、田中さんの口振りは、コーヒー以外の事柄について語るときと同じように、きっぱりとしたものになった。

 2016年2月、東京はりんかい線上で催されていたクラフトの展示会に友人と居たところ、うれしいことに田中さんとばったり会って、しばらく立ち話をした。
 なんの話のついでだったかは失念したが、田中さんは、コーヒーに興味ないコーヒー屋なんで、というようなことを言っていた。『ツバメコーヒー』の常連とはいえなくとも、遠方のファン、ではあると自認する私としてはその言葉には、ああ、田中さんらしいな、とにやりとさせられるのだが、全くの他人がふと耳にしたら、なに言ってるんだろう、と訝しがられるのかも、と思いもする。
 そういや、こないだ、私が書いたコーヒーについての文章を斜め読みしたと思しき人と、しばらく言葉を交わす機会があったのだった。推す店はどこかとか、コーヒーのよさはどこにあるかとか、あれやこれやと質問されたが、この店は自分は好きだけどどう評価するかは人それぞれ、なんだかんだいってもコーヒーは糧ではなくて嗜好品だから、などという私の返答はその人の望むようなものではなかったにちがいない。その人は、しびれを切らしたように「コーヒーへの愛をもっと語って下さいよ!」と言った。
 なぜに、初対面のあなたに愛などというデリケートな事柄を語らなければならないのか、と、かちんときた。まあ、そういう状況で相手の望むだけの言葉をちゃんと差し出せない私も、四十路越えしておきながら大人げないともいえるのだが。
 ただ、コーヒーを飲んだり淹れたり、それについて書いたりして、なるべく長いこと関わっていたいと思う。それを、愛、などと軽々しく言うのもなんだかなあ。そういう、コーヒーに一方的に寄りかかるような態度は取りたくない。
 ふと、田中さんもそういう私と近しい気持ちなのかも、と思いもするし、また別なところに彼は軸足を置いているのかもな、そう思い直しもする。

 あのとき『コーヒーに憑かれた男たち』のページが店の中に落ちていたのはどういうわけか、田中さんに訊いてみる。持っていたその文庫がぼろぼろになってしまい「いいところだけ切って、壁にぺたぺたっと、貼るものもないから貼ってたんです」という。「明日からまた貼りますよ。そこのへんもちょっと、上っ面の水準を上げておかないと。上っ面にも、深みが出てきますからね」とも。じゃあ、それをちょっと落としておくといいですよ、などとこちらも軽口を叩いてしまう。
 上っ面の深み。これから田中さんは、どれだけ深いところにどっぷり潜っていくのか、それともその思想と仕事を、燕から遠くへすうっと薄く、美しい油面のように広げていくのか。どちらにせよ、その道程をなるべくつぶさに見届けたいなと思う私だ。

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ツバメコーヒー
〒959-0264新潟県燕市吉田2760-1
TEL.0256-77-8781

[営業時間] 11:00-18:00
[定休日] 月曜・火曜

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