できごと

三条スパイス研究所

2016/09/12

今日は三条スパイス研究所でプロダクトの選定理由について関係者の人たちに説明したのだけれど、あまりうまく伝えられなかったような気がしている。
その難しさの一部は、ある旋律のなかにある、音符がなぜこの音階であるのか?ということを説明することに似ている。
音符は単独に存在するわけではなく、隣の、あるいは一連のつながりのなかに存在している。
ある音符ひとつを取り上げて、その魅力を、あるいはそれである必然性を説明することはとても難しい。
だとしても、もう少し自分のなかで整理する必要性を感じた。

ラグジュアリーの意味が変わってきているように感じる。
自然回帰的な志向性をベースにしたアーバンアウトドアの浸透がそれを物語っている。
三つ星レストランよりも、自宅の庭やベランダでホームパーティーをすることのほうが、よりラグジュアリーである、というふうに。
それをぼくは「際限のないドレスアップから趣味のよいドレスダウンへ」と見る。

権威をベースにしたブランド主義は、他者の視線(周囲からどう見られるか)を意識したものでしかない、
などというと、私はそんなことはない!という強い反論と叱責を受けそうだが、とりあえずこの前提で話をすすめることにする。
他者評価をベースにしたスタイルというものはかっこいいものなのか?という投げかけでもある。
評価軸を自分の外部に置くことの危険性についてもうすこし考えてみてほしい。
「自分として」という評価軸や行動原理を自分の内部に持つことこそ、自分そのものがブランドとして生きていくことこそ、ブランド主義の進化形ではないか、と思っている。
虎の威を借る狐よりもむしろ、狐の衣を借る猫のほうがどれだけかっこいいことか!(あのへんは野良猫たちがたくさんいるしね〜)

ここで古道具坂田の坂田和實さんにご登場いただくべきか迷うところであるが、以下にその一部を引いてみたい。
…美術や骨董の本を読み、美術館を見てまわり、近世ヨーロッパの人たちが考え世界中に拡がった美しさの基準や、著名な日本の数寄者の言葉を丸暗記し、これでいくらかは美しさが解ったと思い込んでいた時期でした。その時に求め、選んでいたものは、より古く、よりめずらしく、技術の完成度が高く、作り手の自己表現の強い物だったように思います。
ところがある時から、フト、それらの物が少し重くて、うっとうしく感じるようになってしまいました。
品行方正で学業優秀、それはそれでとても立派なことなのですが、こちらのほうが緊張してしまって、身体が受けつけません。
やっとその時、私にとって、永く連れ添える物は、技術の完成度の高さや、めずらしさを誇る美術作品ではなく、用途の為に素材と形が固く結びついた普段使いの日常工芸品で、使われ育まれた物なのだと気がつきました。
ここではもう作り手の自己表現も、臭いも消え去っています。
『古道具、その行き先 ー坂田和實の40年ー』より

うっとうしい重さから解放され、よのなかの基準から距離を置く勇気を持ってじぶんのものさしを持つ、ということ。
目指したのは、遠方のいろんなところを見て来た人たちにもおもしろがってもらえて、近所のおばちゃんおっちゃんにも愛着を持ってもらえる場所。
こういうアンビバレントな志向性を含む二次方程式を解くためには、権威的な臭いが少なく一見なんてことなく見えるもの、でありながら、誠実でふつうに素敵なもの(まさに趣味のよいドレスダウン!)という基準を設定することになった。
なんてことないものがいい、という思想がまさになんてことなくないわけで、そういう一回転半ひねりの価値観によって、今回いろんなものを選んでみた。

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